おわりに

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時折、辛い思いをしている人に対して「あなたよりもっと辛い立場の人がいるのよ。」という何の励ましにもならない言葉をかけられることがありますが、それより「あなたのような体験をしている人は世界中のどこかにいるよ。だから一人じゃないよ」という言葉の方が好きです。

病気の辛さは経験した本人にしかわかりません。そのため闘病中、心細さを感じることはあると思います。そんな時にこの体験記やこのサイトが少しでも役に立つものであればいいなと思います。

闘病を振り返った時、いろんな感情が交錯します。今でも闘病していた時のことを突っ込んで聞かれると、色々な思いが溢れて言葉に詰まります。

ドラマではないので、綺麗事で片付けられるような話ではありません。
「病気になって良かった」なんてことも言えません。体に障害が残りましたし、再発や二次がんの可能性だってゼロではありません。これからも拒絶反応と付き合っていくことになります。

でも、病気を経験したことで目に映る世界が鮮やかに生き生きと変わりました。「ただ生きている」これまで当たり前だったそんなことがどれだけ尊く、凄いことだったのか…身をもって知れたことは私にとって大きな財産です。

入院中、一緒に治療を頑張っていたけれど天国に行ってしまった仲間達がいます。
同じように造血幹細胞移植を受けて、何故亡くなる人がいて、自分が助かったのか。それは私にはわかりません。

ただここには現に呼吸して脈打って一生懸命生きようとしている自分の体がある。体のぬくもりを感じていると「そんなこと考える暇があったら亡くなった人の分も、命を精一杯生きろ!」という声が体から聞こえてくるように思えて。私の体は今生きようとしている、その事実がその問いに対する答えなような気がします。過去は変えることは出来ないけど、その経験に価値を持たせるような生き方をしていくことはできる、そう思います。

病気になる前、周り人の評価を気にして「こうするべき」という他人の価値観に従って生きてきました。病気がわかり自分が本当に死ぬかもしれないと知った時、人にどう思われようと自分の好きなように生きれば良かった…と強く後悔しました。

こうして病気が治った今、泥臭くてもいいから、命を思い切り生きてやろうと腹に決めています。

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